大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13747号 判決

原告

井上宗和

右訴訟代理人

児島平

外二名

被告

右代表者

法務大臣

中村梅吉

右訴訟指定代理人

武田正彦

外五名

主文

被告は、原告に対し、金二一万円及びこれに対する昭和四四年一一月五日から年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金七四万円及びこれに対する昭和四四年一一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

(一)  原告は、写真家・城郭研究家であり、特に、ヨーロッパ及び日本の城郭に関する研究家として著名であり、たびたびヨーロッパへ取材・撮影旅行に赴いている。

(二)  原告は、昭和四四年一〇月初めころ、訴外株式会社学習研究社及び訴外朝日新聞東京本社からそれぞれ左記の内容の取材・撮影の依頼を受け、左記内容の契約を右各訴外会社との間で締結した。

1 訴外株式会社学習研究社分

(1) パリ・ルーブル博物館内の絵画・彫刻の撮影

(2) 原告が撮影した写真を一枚当り二万五、〇〇〇円で右訴外会社が買取る。

2 訴外朝日新聞東京本社分

(1) フランス・ボルドー付近の取材・撮影に基づく週刊朝日カラー別冊五号(昭和四五年三月二五日発行予定)掲戴予定「ワインのふるさと」の原稿(原告撮影の全フィルムを使用して三〇頁の予確)

(2) 三〇頁分で原稿料九〇万円

(三)1  原告は、主として右(二)1及び2の取材・撮影のため昭和四四年一〇月八日から同年一一月四日まで、主としてフランス中心に取材兼撮影旅行をし、縦九センチメートル・横一二センチメートルのフィルムに夫々必要枚数撮影し、同年一〇月二八日、まだ未現像の右撮影済フィルムのうち、前記株式会社学習研究社依頼分三枚、前記週刊朝日カラー別冊「ワインのふるさと」原稿用一八枚ほか未撮影又は未露光フィルム一枚、合計二二枚のフィルムをパリ・オルリー空港より航空便にて原告住所宛発送した。

2  パリ・オルリー空港より発送した右二二枚のフィルムは、フィルム一枚一枚の間に黒色の合紙をはさんで袋に入れ、この袋をコダック社製小箱に入れ蓋をし、セロテープでその四辺をとめ、外装が破れてもこの内部に光の入らないように厳重に密閉し、この小箱の表面に「撮影スミ」と明記し、更に外装をし、紐をかけて包装してあつた(以下本件小包という。)

(四)1  通関手続を行う税関職員は、輸入貨物のうち、フィルムについては、暗室以外の場所で開披して未現像のフィルムを感光させ使用不能にしてしまわないように「未現像」との記載の有無にかかわらず現像の終了が不明確なフィルムは一応すべて未現像のものとして扱い、保祝扱いの現像所に送つて現像の手続をとり、その上で検査する、あるいは、そのまま受取人に照会して未現像か否かを確認した上で検査する義務がある。

仮に、郵便物に「グリーンラベル」が貼付してありこれが「職権により開くことができる」ことを意味していたとしても、右のように取扱わなければならないことに変りはない。

2  しかるに東京税関羽田外郵出張所税関職員は、同年一一月四日ころ、本件小包の通関手続をなすにあたり右義務を怠り、全く不用意かつ軽卒に、暗室以外の場所で本件小包の紐を解き、中のコダックの小箱の封をしてあつたセロテープを剥し、その中から前記フィルムの入つた袋を取り出し、その袋の中から一枚フィルムを取り出し、これを完全に感光させ、かつ、残りの二一枚のフィルムをも袋の口から入つた光により感光させ、前記撮影済の二一枚のフィルムを全部使用不能にした。

(五)  本件小包は、その外装の周辺に開封検査をしたことを示す「JAPAN〒POST」の記載あるセロテープが貼付され、その上にオルリー空港で発送する時に使つたもとの紐が乱雑にかけられ、一一月四日付東京税関羽田外郵出張所の通関済の検印が押捺され、同月五日原告方に配達された。

(六)  原告は配達された本件小包の外装を見て開封されたことを知り、中のフィルムの安全を懸念して即日本件小包をそのまま現像に出し、翌日現像の上返送されてきたフィルムを検査して本件小包内の二一枚の撮影済フィルムのすべてに光が入り全く使用に耐えないものとされていることを知つた。

(七)  そこで、原告は、本件フィルムの使用不能につき羽田税関支署と交渉したが、当時の羽田税関支署長本多行也は、原告に対し、開封して検査するのは当然であるなどと暴言をはき、極めて高圧的態度をとり侮辱を与えた。

(八)1  前記(四)2の不法行為により原告は左記の損害を蒙つた。

(1) 訴外株式会社学習研究社から依頼され、撮影したフィルム三枚の使用不能により 金七万五、〇〇〇円

(2) 当初三〇頁の予定であつた週刊朝日カラー別冊五号「ワインのふるさと」の原稿が、全フィルムのうち前記一八枚の使用不能により一六頁分減少し一四頁分しか組めなくなり、かつその内容も不充分とならざるを得なかつたため、昭和四五年夏ころ訴外朝日新聞社から原稿料として当初の契約の三〇頁分九〇万円よりはるかに少い三三万三、三三三円の支払を受けたにとどまつたことによる減額分 金五六万六、六六六円

2  前記(七)の羽田税関支署長本多行也の原告に対する侮辱により原告が蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料は少くとも一〇万円を下らない。

(九)  よつて、被告は原告に対し右(八)1(1)、(2)、及び2の合計七四万一、六六六円の損害を賠償する義務があるので原告は、被告に対し、右のうち七四万円及びこれに対する本件不法行為の行われた翌日たる昭和四四年一一月五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は不知。

(二)  同(二)の事実はすべて不知。

(三)  同(三)1、2の事実はすべて不知。

(四)1  同(四)1の主張は争う。

「未現像」と明記されているものについてのみ受取人に通知して通関手続を行えば足り、実際にもそのように行われている。包袋に単に「FILME」とのみ記載されているだけであれば、外国郵便では現像済と扱うのが一般であり、このように扱い、これを開披検査してフィルムを感光させたとしても何ら過失はない。

2  同(四)2の事実は否認する。

仮に、本件小包について開披検査をしたとしても、本件小包のように「職権により開くことができる」と記載されているグリーン・ラベルが貼付されており、単に「FILME」とのみ書いてあるだけで、「未現像」と明記されていない場合には、これを現像済と取扱い開披検査をし、フィルムを感光させたとしても過失はない。

(五)  同(五)の事実のうち、後日原告が呈示した郵便物の外装に「JAPAN〒POST」の記載あるセロテープのあつたこと及び原告主張の通関済印のあつたことは認め、その余は不知。

通関済印は、開披検査の有無とは関係なく押印するものであり、郵便物の九〇%以上に開披検査なしで押捺している。また「JAPAN〒POST」のテープは包装の補修・再包装のため郵政当局で貼付するものである。

(六)  同(六)の事実のうち、東京税関羽田外郵出張所で本件小包を開披したとする点は否認し、その余の事実は不知。

(七)  同(七)の事実のうち、羽田税関支署長本多行也が原告に対し事情を説明した事実は認めるが、発言内容及び暴言、高圧的態度で原告を侮辱したとする点は否認する。

包装に「未現像」と明記されていない場合、暗室以外の場所で開披してしまうことも絶無ではない事情がある旨述べたにすぎない。

(八)  同(八)1(1)、(2)及び2はすべて争う。

(九)  同(九)は争う。

三  被告の抗弁

仮に、通関手続の際本件小包を開披し本件フィルムを感光させたものであり、かつこれについて被告に責任があるとしても、原告にも以下のとおり過失がある。

すなわち、一般に未現像フィルムの入つた郵便物の外装には「未現像フィルム」「撮影済フィルム現像用」などと特に未現像フィルムであると税関職員の注意を喚起する文言を明示し、不慮の事故を防止するものであり、単に「フィルム」の記載だけでは外国郵便物の場合通常現像済フィルムを意味するものであるとされているが、原告は本件小包の内装のコダックの小箱に「撮影スミ」と記載していただけであり、本件小包の外装に税関の開披検査を承諾することを意味する「グリーン・ラベル」を貼付していたにもかかわらず、その品名欄には単に「FILME」と記載したのみであり、未現像フィルムであることを明記はしていなかつた。したがつて税関職員が開披・感光させていたとしても、これについては原告の過失も寄与していたものであり、以上の事情からして税関職員の過失があつたとしてもそれは軽微なものであり、原告の過失が重大なものである。

四  抗弁に対する原告の答弁

「グリーン・ラベル」を貼付していたこと、その品名欄に「FILME」とのみ記載し、内装に「撮影スミ」と記載していたこと、その余には特に未現像フィルムであることを明示する記載のなかつたことは認めるが、その余の主張はすべて争う。

第三  証拠〈略〉

理由

一〈証拠〉によれば、原告は写真家、城郭研究家であり、多数の著書を有し、しばしばヨーロッパへ取材、撮影旅行に行つていること、その海外旅行の回数は二〇回にのぼることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二〈証拠〉を総合すると、原告は訴外株式会社学習研究社から同社の指定するリストに基づきパリ・ルーブル博物館所蔵の絵画、彫刻の撮影を一点につき二万五、〇〇〇円で依頼され、これを引受けたこと、昭和四四年夏ころ、訴外朝日新聞東京本社から昭和四五年三月二五日発行予定の週刊朝日カラー別冊五号に掲載予定のヨーロッパ地域の取材、撮影に基づく「ワインのふるさと」の原稿約三〇頁分を一頁当り約三万円見当の約束で依頼されこれを引受けたことが認められ、〈証拠判断略〉他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三〈証拠〉を総合すると、原告は昭和四四年一〇月八日から同年一一月四日まで主として右二認定の取材、撮影をするためフランスを中心としてヨーロッパに取材兼撮影旅行に出かけ、約半月の間に右二認定の両社の依頼に基づき縦四インチ(約九センチメートル)、横五インチ(約一二センチメートル)(以下「四×五」という)のシートフィルム五〇枚以上の写真を撮影したこと、右のうち約五〇枚のフィルムは週刊朝日カラー別冊「ワインのふるさと」の原稿用の写真であつたこと、また未現像の右撮影済フィルムのうち前記学習研究社の依頼により絵画、彫刻を撮影したカラーシートフィルム三枚(甲第一一号証の五、六、八)、前記「ワインのふるさと」の原稿用のカラーシートフィルム一八枚(甲第一一号証の一ないし三、七、九ないし二二)ほか未撮影もしくは未露光のカラーシートフィルム一枚(甲第一一号証の四)合計二二枚のフィルムをパリ市内のホテルで包装したうえ同年一〇月二八日パリ・オルリー空港郵便局より航空便で原告住所宛発送したこと、その余のフィルムは自ら持帰つたか、あるいは別に郵送したか、あるいは知人に持帰りを委託したこと、原告は、右二二枚のフィルムを、フィルム一枚一枚の間に黒色の合紙をはさみ黒色の遮光袋に入れ、これを防湿用の銀紙で包み、これを四×五カラーシートフィルムを購入した際これが入つていたコダック社製小箱の中箱に入れ、底蓋をし、さらに上蓋をしたうえ、セロテープで右小箱の四辺を止め、この小箱の表側右上に「撮影スミ」、左上に「22スミ」とそれぞれ記載し、更にこの小箱をありあわせの紙で包装し、その表側に「FILME」と記載し、これに縦と横とに紐をかけて梱包したこと、パリ・オルリー空港郵便局において「グリーン・ラベル」の交付を受け、同所において右「グリーン・ラベルの内容品明細欄に「FILME」と記入し、これを本件小包の表側から外装紙の端の部分の露出している側面部分を経て裏側にかけて貼付したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。なお、本件小包には右「撮影スミ」、「FILME」の記載のほかに特に未現像フィルムであることを明示する記載のなかつたことは当事者間に争いがない。

四原告が後日呈示した郵便物の外装に「JAPAN〒POST」という記載のあるセロテープが貼付されていたこと、東京税関羽田支署羽田外郵出張所(以下羽田外郵出張所という)の一九六九年一一月四日付通関済印が押捺されていたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右呈示された郵便物が本件小包であることが認められ、右を覆すに足る証拠はない。

〈証拠〉を総合すると、本件小包が昭和四四年一一月五日原告方に配達されたこと、配達された時本件小包の外装の包装紙の端の部分の露出している三辺に前記「JAPAN〒POST」の記載あるセロテープがそれぞれ約8.6センチメートル、約9.7センチメートル、約9.6センチメートルの長さにわたり貼付されており、オルリー空港郵便局で発送する時使つてあつた紐が乱雑にかけられており、右セロテープは右紐の下をくぐつて貼付されていたこと、税関において関税を課税されず配達されたこと、前記三認定の「グリーン・ラベル」が側面部分において外装紙の端の部分に沿つて破れていたことがそれぞれ認められ、右各認定を覆すに足る証拠はない。

五〈証拠〉を総合すると、原告は配達された本件小包の外装の状態を見て開披されたと思い、フィルムの安全を心配し、外装を解いただけの状態でコダックの小箱は開けず、本件フィルムをそのまま坂田現像所に現像に出したこと、翌日現像されて戻つてきたフィルムを原告が調べたところ、撮影済の二一枚のフィルムのうち、一枚はフィルム全面に、他の一枚はその約四分の三に、その他の一九枚はそれぞれの周辺部(一辺ないし三辺)に光が入り、二一枚の撮影済フィルム全部が使用できない状態になつていたこと、未撮影もしくは未露光のフィルムも光が入り三辺の周辺部が感光していたことが認められ、右各認定を覆すに足る証拠はない。

六1  〈証拠〉を総合すると、外国から羽田郵便局に来た小包郵便物は、関税を課するため羽田外郵出張所に呈示され、税関職員がその税関告知書(グリーン・ラベル)、外装、記載事項、重量受取人等を総合して、そのまま課税せず通関させるもの、受取人に到着通知書を送付するもの、開披検査をするものに分類すること、開披検査をするものはかごの中に仕訳され、税関職員の指示により郵政職員がナイフで紐、テープ等を切断してその外装を開くこと、税関職員はさらに内装をも開披する必要があると認めた郵便物については郵政職員に内装をも開披させること、開披した郵便物を税関職員がさらに到着通知書を出すもの、課税するもの、そのまま非課税で通関させるものに分類すること、開披検査は品名がわからないものあるいは数量のわからないものなどで課税対象となる可能性があると税関職員が認めた郵便物についてなされること、フィルムについては、現像済の場合は開披して課税対象となるか検査し、未現像の場合は外装内装により課税となる可能性のあるものとないものを分け、課税対象となる可能性のあるものについては到着通知書を出して受取人の出頭を求め、サイズ、枚数等を聞き課税対象となるかを判断すると共にわいせつ物の疑いのあるものについては誓約書を提出させていること、非課税で通関させるものについては通関済印を押捺すること、個人宛の小包郵便物で昭和四四年一一月当時その価額が三、六〇〇円をこえるものについて関税・物品税を課しており、個人宛の四×五カラーシートフィルムの場合二〇枚をこえると課税されていたこと、通常未現像フィルム在中の郵便物にはその外装に未現像であることが明示されており、単に「フィルム」「撮影済」としか表示されていないものは現像済フィルムであることが比較的多く、そのようなものは税関において現像済フィルムとして取扱つていたこと、昭和四四年一一月当時、開披検査後、郵政職員が、「JAPAN〒POST」の記載あるセロテープ及び自動紐掛機を使用して開披した郵便物を再包装していたことがそれぞれ認められ、右各認定を覆すに足る証拠はない。

2  〈証拠〉を総合すると、原告がこれまで未現像フィルムを海外から自宅宛郵送した場合は税関から到着通知書が送付され、原告が税関に出頭して郵便物の内容を説明して関税を支払い、誓約書を提出してフィルム在中の郵便物を受領していたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

3  前記四認定の本件小包には梱包の紐の下をくぐつて「JAPAN〒POST」のセロテープの貼付されていた事実によれば、羽田外郵出張所の通関検査にあたり梱包の紐のほどかれたことが認められ、右事実を覆すに足る証拠はない。

右事実に前記四認定の本件小包の外装紙に一九六九年一一月四日付通関済印の押捺されていた事実及び「グリーン・ラベル」が破れていた事実、前記三認定の本件小包の外装には外装紙の表側及び「グリーン・ラベル」にそれぞれ「FILME」と、内装のコダックの小箱の表面に「撮影スミ」とそれぞれ記載してあつただけでその他未現像である旨明示する記載はなかつた事実、右1認定の各事実を総合すると、昭和四四年一一月四日羽田外郵出張所において本件小包の通関手続をなすにあたり、税関職員が本件小包を現像済フィルム在中のものとして取扱つたこと、関税課税の必要上、その内容(カラー、白黒の別、フィルムのサイズ等)及び数量を知るべく、本件小包の開披検査をするため郵政職員に本件小包の外装を開かせたことが推認され、右認定を覆すに足る証拠はない。

4  右3認定の事実に前記三認定の内装のコダックの小箱の表面に「22スミ」の記載のあつた事実及び右小箱が四×五カラーシートフィルム用のものであつた事実を総合すると、税関職員は右小箱の中身は四×五カラーシートフィルム二二枚であると推定したことが推認され、右認定を覆すに足る証拠はない。

5  前記五認定の二二枚のフィルムのうち一枚はフィルム全面に、一枚はその約四分の三に、その他の二〇枚は周辺部(一辺ないし三辺)にそれぞれ光が入り感光していた事実によれば、右フィルムのうち全面が感光している一枚は遮光袋から取り出されて、他の二一枚は遮光袋の中で黒色の合紙と交互に重ねられた状態で遮光袋の口から入つた光により感光したことが推認され、右推認を覆すに足る証拠はない。

6  原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告はフィルムをカットホルダーに装填して写真を撮影し、撮影後はカットホルダーからフィルムを抜き取り包装して持歩いていたこと、カットホルダー内でフィルムが感光することはないこと、フィルムの装填、抜き取りは装填袋又は暗室(ホテルのバスルーム)を使つて行つていたこと、本件二二枚のフィルムはパリ市内のホテルで前記三認定のように包装したこと、現像所で感光させることは殆ど考えられないことがそれぞれ認められ、右各認定を覆すに足る証拠はない。

7  以上の1ないし6の各認定事実、前記三認定の原告は本件小包到着後、外装を聞いただけの状態で現像に出した事実、前記四認定の配達された時本件小包には紐掛機を使わず乱雑にもとの紐がかけてあつた事実及び本件小包の外装に一九六九年一一月四日付の通関済印が押捺され、関税を課されずに配達された事実を総合すると、羽田外郵出張所の税関職員が、本件小包の検査にあたり、コダックの小箱の中のフィルムが現像済であり、かつ、関税を課すべきものである可能性があると判断し、在中フィルムの検査のため、郵政職員に内装のコダックの小箱の四辺を止めていたセロテープを折断させ、コダックの小箱を開け、中から銀紙で包まれた遮光袋をとり出し、銀紙を開き、遮光袋の中からフィルムを一枚取り出してこれを感光させ、他の二一枚のフィルムを袋の口から入つた光により感光させたこと、ところが右の取り出したフィルムが未現像フィルムであり、これを感光させたことに気付いたため、課税せず郵政職員にもとの紐を使い再包装させたことが推認され、〈証拠判断略〉他に右認定を覆すに足る証拠はない。

七そこで税関職員の過失につき検討する。

1  前記三認定の本件フィルムは四×五カラーシートフィルムであり、コダックのシートフィルム用小箱に入れられていた事実及び本件小包はフランスから原告個人宛の郵便物であつた事実によれば、本件小包に入つているフィルムは写真家が発送したものであると容易に判断できると認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実と前記三認定の内装のコダックの小箱に「撮影スミ」と記載してあつた事実、本件小包の包装が前述のとおり何重にも厳重になされていた事実及び前記六の4認定の事実を総合すると、通常の注意をしていれば、本件小包の中のフィルムが未現像フィルムである可能性が強いと直ちに判断できたと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

してみると、本件小包の通関手続にあつた羽田外郵出張所税関職員は、本件小包の開披検査にあたり中に入つているフィルムが未現像であることも予想してこれを感光させないように、受取人たる原告に通知し、現像済であるかどうか確かめて検査すべき義務があつたところ、前記六7認定のように右確認をなさず、コダックの小箱から銀紙で包まれた遮光袋をとり出し、銀紙を開き、遮光袋の中からフィルムを取り出し、あるいは遮光袋の口から光を入れた行為は右注意義務を懈怠した行為であり、過失があつたものと言わなければならない。

2  被告は、本件小包には「職権により開くことができる」ことを意味するグリーン・ラベルが貼付してあり未現像である旨明記されてはいなかつたのであるから、これを現像済として取扱い開披検査をし本件フィルムを感光させたとしても過失はない旨主張するところ、〈証拠〉を総合すると、本件小包に貼付されていたグリーン・ラベルは到着地の税関において通関手続のため職権で当該郵便物を開披しその内容の検査をすることを承諾することを意味すると認められ、これを覆すに足る証拠はないが、右趣旨のグリーン・ラベルが貼付されている場合においても、その内容物の種類、具体的な包装状況などに応じ発送人又は受取人などに損害を与えない方法により検査せねばならないものであつて、グリーン・ラベルが貼付されているからといつて税関職員の右注意義務が免除されるものではないというべきであり、右三のとおり本件フィルムが厳重に包装されていた事実、六、4の税関職員において本件小包の中身が四×五カラーシートフィルムであると推定していた事実、右1の本件小包は写真家が発送したものであることが容易に判断できた事実の認められる本件小包の開披の状況からすると、税関職員には右1の義務があつたものであり、これを怠つた過失があるといわざるを得ず、被告の右主張は採用し難い。

八そこで本件フィルムの感光により原告の蒙つた損害につき検討する。

1  (株式会社学習研究社依頼分)

以上の認定事実によれば、原告は訴外株式会社学習研究社との間で同社の指定するリストに基づきパリ・ルーブル博物館所蔵の絵画・彫刻を一点につき二万五、〇〇〇円で撮影する旨の契約をなし、右に基づき原告が撮影したフイルムのうち三枚が税関職員の過失により使用不能になつたものであり、この分として原告は七万五、〇〇〇円の損害を蒙つたといわなければならない。

2  (朝日新聞東京本社分)

前記二、三、六認定のとおり原告は訴外朝日新聞東京本社から「ワインのふるさと」の原稿を、約三〇頁、一頁当り約三万円見当の原稿料という約束で依頼され、そのため約五〇枚の写真を撮影し、うち一八枚が税関職員の過失により使用不能となつたものであるが、原告本人尋問の結果(第一回、第二回)(後記信用できない部分は除く)によれば、一頁分当り約三万円見当の原稿料という約束は、原稿の出来、不出来により一頁分当りの原稿料が変わるという趣旨であること、原告は残り約三二枚のフィルムのうち二〇枚及び他の四枚の写真を使い「ワインのふるさと」の原稿を作成したが一四頁分にしかならず、また原稿の出来もよくなかつたこと、そのため、同社は原稿料として三三万三、三三三円しか原告に支払わなかつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

原告はその本人尋問(第二回)において、他に同社の依頼により週刊朝日カラー別冊に「ウイスキーのふるさと」、「ビールのふるさと」、「ヨーロッパの酒」の各原稿を書き、これらについてはそれぞれ契約通り原稿料を受領した、本件一八枚のフィルムが使用可能であれば「ワインのふるさと」の原稿は予定通り約三〇頁分になつた、原稿料が約束より五六万円余減額されたのは一八枚のフィルムが使用不能となつたためである旨供述しているが、右供述のうち、本件一八枚のフィルムが使用可能であれば、「ワインのふるさと」の原稿が約三〇頁分となり、原稿料として九〇万円支払われたとする部分は他にこれを認めるに足りる証拠はない本件においてはいまだ全面的には信用するに足らない。

以上によれば、現実に三二枚のフィルムを使用して原稿に組込みえたフィルムが二〇枚、原稿が一四頁分、原稿料が三三万三、三三三円となつたことからして、本件使用不能になつた一八枚のフィルムが使用可能であつた場合には少くとも右比率により、原稿に組込みえた写真は約五〇枚のうち約三一枚を、原稿の頁数は二二頁弱分を、原稿料は五二万八三三円をそれぞれ下回ることはないと推認できるが、本件全証拠によるもいまだ右をこえる枚数、原稿の頁数、原稿料となつたと認めるには十分でないといわざるを得ず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

してみると、本件一八枚のフィルムの使用不能により原告の蒙つた損害は一八万七、五〇〇円であるといわざるを得ない。

九〈証拠〉によれば、原告は写真専門家であり数一〇回にわたり海外から日本にフィルムを郵送していること、原告はフランス語を話すことができることが認められ、〈証拠〉によれば、税関において郵便小包に対し開披検査のなされることもあることをかねてから知つていたこと、「グリーン・ラベル」に記載されたフランス語の「職権により開くことができる。」という趣旨の文章の意味を理解しえたことが推認され、右各認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実、前記六1認定の未現像フィルムを郵送する場合はその外装に未現像である旨明示することが比較的多い事実、前記三認定の原告は本件小包の外装、内装いずれにも未現像である旨明示はしなかつた事実を総合すると、原告が本件小包に未現像フィルムである旨明示しなかつた点にも過失があつたといわなければならない。

以上のほかに原告の過失を認むべき証拠はない。

してみると原告の右過失を斟酌すべきこととなるが、その過失の程度によれば、過失相殺として原告の損害のうち二割を減額するのが相当である。

一〇以上により、羽田外郵出張所税関職員の関税課税のため、本件フィルムを感光させた行為は、国の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うにつき過失によつて違法に他人に損害を与えた場合に当るというべきでありこれにより原告の蒙つた損害は二六万二、五〇〇円であるが、過失相殺によりその二割を減額した二一万円及びこれに対する前記認定の本件フィルムの感光させられた昭和四四年一一月四日の翌日たる同月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、国家賠償法一条一項により、原告は被告に対し請求しうるものであるから、原告の被告に対する本訴請求のうち、フィルムを感光させたことに関する部分は、右の限度で理由があり、右を超える分は理由がない。

一一原告が本多行也と会い、本件フィルムの感光につき話合つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、昭和四四年一一月五日から間もないころ、原告の助手井上和明及び神山順一が、羽田外郵出張所に赴き、当時の同出張所長片倉秀夫と本件フィルムの感光につき話合つたこと、右片倉所長から右の報告を受けた東京税関羽田支署長本多行也は、二、三日後に原告に対し本件小包を持参して右羽田支署へ来るよう求めたこと、これに応じて原告と右神山の二人が羽田外郵出張所に赴きまず前記片倉所長、鈴木滋と会い話合つたこと、そのあと前述のとおり原告と右神山は右本多支署長と同支署応接室で話合つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

原告は、右本多との話合の際、右本多が原告に対し本件小包を開披して検査するのは当然であるなどと暴言をはき、極めて高圧的態度で接し、原告を侮辱した旨主張し、原告本人尋問(第一回)において右主張に沿う供述をしているが、原告の右の点に関する供述は〈証拠〉に照らし信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

してみると、その余の点について判断するまでもなく、原告の右主張は採用できず、原告の請求のうち、右本多に侮辱を加えられたことを理由とする部分は理由がない。

一二よつて、原告の本訴請求は二一万円及び昭和四四年一一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(柏原允 小倉顕 伊藤保信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例